学生のときも、社会に出てもそうですが、「体育会系」という言葉を耳にする事がよくあると思います。

ただ、この体育会系と言えば理不尽が通り年功序列的に、年上が偉いというような勘違いを増殖させている良くない傾向にあります。

体育会系と聞いて良いイメージがある人は正直あまりいないのではないでしょうか?

これと言って運動部出身を馬鹿にしているわけではありませんが、あまりに目に余る言動、行動が多いというのが問題です。全員にあてはまるという事ではなくて相対的に、そうい傾向という事を言っているわけです。

体育会系出身という方で、一般的社会的に良識を持っている方も一部の自称「体育会系」のバカのせいで被害を被っている、イメージが害されているという事に気がついて頂けたらと思う次第です。

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なぜ、体育会系のバカの実態を書こうと思ったか

タレントのマツコ・デラックス(44)が7日放送のTOKYO MX「5時に夢中!」(月~金曜・後5時)に出演。自分の周りにいる野球部出身者について「十中八九、クソ野郎」と言い切った。

番組では、この日の「日刊ゲンダイ」紙が報じた甲子園出場の福岡代表・東筑高の青野浩彦監督(57)の「野球部は人間力を育てる場ではない」というコメントを紹介。MCのふかわりょう(42)に意見を求められたマツコは「野球が人間力を育てる場ではないというのは、ウチ(この番組)の大川P(プロデユーサー)を見れば、よくわかるでしょ」と同番組のプロデューサーで野球部出身の大川貴史氏の名前を出して断言。「名門野球部出身者が、この世界、テレビ局とか(広告)代理店とか、よくいるけど、十中八九、クソ野郎だから」と言い切り、爆笑を誘うと、「野球やっていても、あんな人間しか育たないんだって良くわかるわ」と続けていた。 スポーツ報知

転載元:http://news.livedoor.com/article/detail/13442911/

上記の記事を見て、野球部の方が体育会系でも特に酷いと思うのですが、野球部というより「体育会系」と言っている社会人は若者でも年配でも酷いのが多いというのが一般的な認識なのではないかと思ったからです。

「体育会系」を職場で語るバカの問題点

  • 「運動部ではこんな事はなく後輩なら先輩の言う事は聞いて当たり前だ」
  • 「目上を立てろ」
  • 「体育会系だから、うちはキツイんだ」←(ただ理不尽に仕事を押し付けている)
  • 体育会系なら実力がないという事を自覚して言いなさい。
  • etc…

年齢が上であれ、下であれ実社会というのは、そもそも実力が全てだ。その実力は人間関係全般の円滑さを作れるかどうかという部分も能力と実力に入ります。

さて、運動部にいたら、そんな事は充分に理解をする事が出来ると思いますが、運動でも特に実績もない輩に限って、こんな横柄な態度でしかも武勇伝的に食事の席でも、酒の席でも「体育会系」と誇らしげに語っている輩は多いものです。

だから、体育会系というのは良い意味でつかわれる事は殆どないでしょう。

「あの人体育会系だからね」と言われている際に、良い意味で引き合いに出される機会は正直なところきわめて少ないでしょう。それを、自称体育会系は何か体育会系と言うと皆がビビるとでも思っているのか、その部分を自ら誇張をしてくる輩が多いからバカだと言われるのです。

こんなにウザいと思われているぞ体育会系 特有の上下関係など社会にはない事を知れ

体育会系を自称する人々は特に上下関係にうるさいという人が目立つのです。

これをもっと紐解くと、実際に上役でもないのに、年上というだけで上下関係を出してくるバカがいるわけです。

それは社会では通用しません。

もっと言えば、「年齢が上だから経験は俺の方が多いから目上を敬うべき」というのが体育会系の持論のようですが、そんな事はありません。

年齢が上だから経験が上という事は基本的に仕事に関してとか、特定の物事に関してではありません。仕事の場合ではあれば、年齢が特に下であっても、その仕事に関しては年齢的に年下のその人の方が、その仕事に関しての経験が長く有能であるという事などたくさん出てくるでしょう。

それを年齢が上だからという事で威張っていては・・・自称体育会系はやはり低能で使いものにならないくせにウザいと思われるだけです。年齢が上だから偉いわけでも何でもありません。

社会の中の序列とうのは仕事の成果、社会的な地位の問題になってくるわけで、年齢だけで自分が上というようにくる体育会系には、年下のハイクラスの人で穏やかな人でも「社会的な結果と実力で僕に勝つまで馴れ馴れしくしないで頂きたい」と言ってしまうでしょう。しかし、それが起こらないのは、体育会系の言っている事は話半分で聞いていて流してくれる良識のある人々が多いからです。

「体育会系」と出せば道理が引っ込むと思っているバカだから出世も出来ない

「体育会系」という言葉を出せば、道理が引っ込むと思っているバカが多いのも体育会系と自称する人々の特徴です。

理不尽さ、理屈のなさなど、まさにジャイアンな振る舞いを「体育会系出身だから」という事で正当化出来ると思っている変な人が目立ちます。

しかしながら、どの世界でもそうですが、変な奴ほど目立つのですが、その目立つ割合が特に高いのが自称「体育会系」の輩だから、同じ体育会系であったとしても、社会的にしっかりとしている体育会系の方々は肩身が狭い思いをしなければならないわけです。

自称体育会系で、体育会系を出せば劣悪な仕事の指示なども、正当化されると思っていると痛い目にあうでしょうし、それこそ管理能力の無さを疑われるわけです。だから出世も出来ないでしょう。

体育会系は、効率的という言葉を知らないのかというくらいに、非効率でも、個人が何か辛い思いをする事を善としているような印象を受けます。そのようになると、当然効率を重視する企業で働く体育会系では出世などはかなり難しいという事になるでしょう。

正直・・・そもそも体育会系とは議論にならない

世の中には分類をして3つのタイプが存在をしてます。

  • 文系 : 知識の量で勝負。人類的な体験、文化などから考察
  • 理系 :理に重きを置き、法則などの発見
  • 体育系:???????

ステレオタイプ的な分類となっていますが、体育系だけは、どうしようもない・・・

身体を動かす事、それを科学する事に本来的には意味があるのですが、筋肉組織の医療的な事は理系の医学部になります。まあ最近はかなり細かい分類がさらになされますから、一概に言える事はないのですが、このステレオタイプ的な分類で見るに至って、体育系と文系、理系はもう全くの別人類と思うしかありません。

文系、理系には一応のところ、共通点があるのです。人類的に知的な発見によって結ばれているのです。理系の発見を、社会的にどのように普及させ法制度、社会政策などに取り入れていくかを考えるのが文系なわけです。

で・・・体育系は?

ただ、物事の道理ではなく、前述をした「体育会系」を出せば道理が引っ込む的な考えであるので、どうにもならないわけです。結局のところはただの好き嫌いなので、知的人類的なある定義の上に、ある事柄を定義をして発展させていくという議論は全く持って出来ない事が多くなるのです。

体育会系とは、やはり文系、理系は関わり合えない世界の人だと、ステレオタイプ的に見れば、大まかにはそのようになります。

「体育会系」と自分で話してしまう人は、この機会によく考えてみて下さい

「体育会系」という事を自分で後輩などに言ってしまう人はよくよく考えてみた方が良いでしょう。自分で起業をして社長として自分が会社の顔としてやっていくなら体育会系のままでも良いかもしれませんが、あくまでもどこかの従業員(正社員)として働いて組織の中にいるのであれば、知らず知らずのうちに身についてしまった体育会系と言われるものは意識をして消していった方がこれからは良いでしょう。

体育会系だから怒って良いわけでもありませんし、殴り合いの喧嘩をしても良いわけではありませんし、大声で怒鳴っても良いわけではありません。それをしてしまった後に「俺は体育会系だからこんな風にしか言えなかったのだけれども・・・」と言ったところで遅いわけです。

そんなものは言い訳にもなっていませんし、もし手を出してしまっていたら、それこそ「暴行」で訴えられて御用になるだけです。

その際にも「体育会系ですから」なんて言うのですか?

自分が体育会系という方はよくよく考えてみた方が良いかと思います。

また体育会系ではない、体育会系が好きではない方は、なるべく体育会系と自分で言ってしまうような人には近づかない方が、あなたも、体育会系の人も良くない思いをしなくても済むので、そのようにした方がより良い人生を送る事が出来るのではないでしょうか?